2016年12月21日水曜日

冬至と柚子

冬至
古代、冬至は一年の始まりだった。
何の都合で一年の始まりが換わったのだろう。
太陽の動きから云えば、冬至、夏至、あるいは、春分、秋分でいいのに・・・・・。
古代の方が解りやすい、かも・・・・・。

我々は、自然の営みから生まれたのだから、自然の営みに合わせばいいような気がする。
自然の中でしか生きられないのだから・・・・・・。

柚子
古民家再生中の庭に柚子が生っていて、それを沢山頂いた。
柚子の木の下に柚子が落ちている。
子孫を残すために・・・・・・。
なのに、我々は、これをモッタイナイと思う。
何かに使えないだろうか。と思う。

冬至には柚子風呂。
何故、柚子風呂。
カラダが温まるから・・・・・。
我が市井の山居には風呂がない。なので柚子風呂には入れない。
ならば、柚子を食すことを考える。
柚子ジャムはどうだろう。
柚子マーマレードが・・・・・・・。いいかも。

などと考える。
柚子を絞り、皮を細かく刻み、砂糖を加えて、火にかける。
砂糖は、北海道産の「てんさい糖」。
自然でやさしい甘さ、天然のミネラル、に釣られて購入。
チョッと苦みがきつい。
ので、ショウガを刻んで入れてみる。

種はどうする。
洗って、干してみることに・・・・・・・。
柚子は喜んでくれただろうか。

ところで、
柚子風呂のあとの柚子はどうなるのだろうか?

こんなことを思う、きょうの「冬至と柚子」です。
 

2016年10月29日土曜日

メモ:国政調査(平成27年度)

国勢調査(平成27年度)が発表された。

総人口 1億2711万人
男性6182万人、女性6528万人
5年前より95万人減少した。

65歳以上3342万人
16~64歳7783万人
15歳未満1586万人

世帯数 5187万世帯

■国勢調査・速報(総務省統計局)
http://www.stat.go.jp/data/kokusei/2015/kekka/pdf/gaiyou1.pdf

5年で95万人減少した。
今後も減り続けることになる。
減ることが悪いことなのか良いことなのか。
減ることが分かっているなら減ることを前提にした策があっても良いのではないだろうか。
減るから減らないようにしようとする策ばかりではなく・・・・・・。

2016年10月19日水曜日

なぜ、ガン患者が増えているのでしょうか。

ガンになる人が増えている。
本当に増えているのでしょうか。
増えているとしたら、何故なのでしょうか。

化学添加物、残留農薬、化学肥料、遺伝子組換え、の食べ物を食べているから・・・・・・・。

化学接着剤、化学塗料、防腐防虫剤、除菌剤、の中で暮らしているから・・・・・・・。

化学染料、化学繊維の衣類を着ているから・・・・・・・。

電磁波、放射能、大気汚染など、環境が悪化しているから・・・・・・。

高齢化で長生きしているから・・・・・・。

ガン医療には積極的だが、ガン予防には消極的なのは何故。 

ガンを商売にしている企業の仕組み。
真剣にがん予防を啓蒙する社会の仕組み。
分かっているけど・・・・という仕組み。

つくってつかう仕組み。
みんなでつくって、みんながつかう仕組み。
つくる人は生産者、それを使うひとは消費者に、する仕組み。

過度の便利、快適が、健康を害している仕組み。
ガン患者が増える仕組みは、こんなところにあるのでは・・・・・・・。

ひとに頼り過ぎる社会の仕組み、誰かがしてくれる社会の仕組み。
自分で考えて暮らす社会の仕組み。

街のなかに、自然の中で暮らす知恵や工夫を取り戻す。
これ、ガン予防の近道かも・・・・・・。

わかっているけど・・・・・・・、では、済まないところまで来ているような気がします。




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2016年10月14日金曜日

夢をカタチにする

暮らしには夢が必要です。
夢をカタチにする営みが暮らしなのかも知れません。
暮らし方(カタ)が、家(カタチ)になり、店(カタチ)になり、街(カタチ)になります。
カタにチ(知)が加わってカタチになり、動き出します。
・・・・・したい(夢)という想いが、カタチになり、動き出すのです。

夢をカタチにするには、多くの夢が必要です。
多くの夢が集まらないとカタチになりません。














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2016年10月12日水曜日

十五夜の月と十三夜の月で思うこと

秋の月が美しい。中秋の名月。で思うこと。

十五夜の満月に対して、十三夜の月を名月とする美意識。
満月を名月とする美意識と、満月の前の月を名月とする美意識。

完璧な満月が美しいという見方。完璧な状態が好みとする。
満月の前の月が美しいという見方。あと二日で満月になるという意識。移ろいの状態が好みとする。
満月の後は欠けていく。が、満月になる前を好むのは、これから満月になるという期待を味わう、
移ろいを美と感じる美意識。


完璧な状態が美しいと思うか、完璧な状態になる前の状態を美しいと思うか。なのです。そこに遊びごころを見出す、味がある、ということなのかもしれません。
わびさびとか、余白の美、間合の美、といったものとも通する美意識ではないでしょうか。

こんな美を感じるこころを持ちたいものです。
自然を愛でるこころで。


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2016年10月11日火曜日

暮らしは、十人十色。カタがカタチになる。

暮らし方(カタ)が住まいの形(カタチ)になる。
カタ(思い)がカタチ(家)になる。

暮らし方は十人十色です。
暮らし方は生き方です。人それぞれの生き方があります。
生き方(カタ)が家(カタチ)にする。

どんな暮らし方をしたいのだろうか。
どんな生き方をしようとしているのだろうか。
漠然とした暮らしを見直し、それを読み解く、
その生き方、暮らし方を実現出来る可能性を秘めた家づくりを目指しましょう。
暮らしながら、つくりながら、軌道修正しつつ、暮らしを進化させる。

家は生き方と共に進化し続けるものと思っています。
進化しない家は、暮らしも・・・・・・・。
なので、暮らしながらつくり続けるものなのです。

家は暮らしの場です。暮らしが変われば家も変わります。
変わらないのは自然の営みです。
自然の営みに寄り沿った暮らしを目指しましょう。
寄り沿い方は十人十色です。

四季の恵みを活かした暮らし
自然の営みと共に暮らす
自然を持続的に活用する知恵を縄文の暮らしから学ぶことも出来ます。
山里の古民家に暮らしながら学ぶことも出来ます。

衣食住が暮らしの基本です。
衣で体温を保ち、食で活力を保ち、住で体を守る、暮らしを保つ。
そして、自然と対話しながら、五感を使って、楽しく暮らすことです。

暮らしは、不易流行であって、不易だけでも、流行だけでも、だめです。
不易流行で在り続けてほしいものです。

暮らし方(カタ)が、家(カタチ)になる。
暮らしは、十人十色なので、面白い!!。

と思うのですが、如何でしょうか。
(ムラ)

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2016年10月10日月曜日

便利、快適になって失うもの

不便さで、健康を取り戻す。
便利になると不健康になる。

あえて、不便さを求めているわけではなく、便利さ、快適さにかまけて、健康に障害があれば、本末転倒ですよといいたいのです。

病気を治すために薬を使い、使った薬で副作用で死んでしまっては、薬の意味がない。
野菜を大量に生産するために農薬、除草剤や遺伝子組換えして大量に供給しても、病気を誘発してては、意味がない。

わたしは、古民家を再生するためにいろんなお宅にお邪魔するのですが、家のなかにモノが溢れているところを多々見かけます。そのモノのなかに、必ずと言っていいほど健康器具等があります。こんな健康器具を使わなくても日常の作業で充分対応出来るのではと思うものもあります。

暮らしが便利になり過ぎて、快適になり過ぎて、家のなかでの作業が無くなり、からだを動かすことが無くなり、そこで、健康のために健康器具をつかう。それもいろんな器具で試す。そして・・・・・・・。

運動不足にならないために、ジョギングしたり、フィットネス等に時間を費やす。何だか本末転倒のようなきがするのですが・・・・・・。

ひとの暮らしは、生産して、それを消費して、暮らすのが基本のような気がします。
消費することしかしない暮らしは、ありえないはずなのですが・・・・・・・。

ひとが本来もっている、免疫力、治癒力は、この便利さ、快適さでこの能力を低下している気がします。
人類は、便利、快適さを追求して文明をつくりだしてきたといっても過言ではないと思います。だが極度の便利、快適な暮らしは、健康を阻害しているのでは無いでしょうか。

便利、快適さを追求すればするほど、カラダがひ弱になる。
こんなことがあっては、本末転倒です。
そう思いませんか。



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究極の暮らしプロジェクト(その6)寝床

このプロジェクト「方丈の庵」は暮らしに必要な空間を限界まで縮小することによって、この国の暮らしを考えてみる試みです。どれだけ、モノを持たずに暮らせるか。最低限必要なモノは何かを検証する試みです。

今回は「寝床」です。
ひとは、食と共に、睡眠も無くてはならないものです。

座して半畳、寝て一畳。

布団で寝ることが常識になっています。この国には四季があって寝床もその季節に応じて変えます。当然モノが増えます。これを解消しない限り、見直さない限り、この「方丈の庵」では、モノの中で暮らすことになります。

さて、ならばどうすればいいのでしょうか?
私は、寝袋でいいのではと思っています。最近、たためばクッションになるようなものもあるようです。

寝床に必要なもの
寝袋(たためばクッションになる)
まくら(座布団を二つ折りにする)
蚊帳(夏は必要でしょう)


快適な暮らし、便利な暮らしになって、失っているものがあります。快適な暮らし、便利な暮らしが健康的な暮らしとは限らない。私たちがもっている免疫力、自然治癒力が失われつつあることです。このプロジェクト「方丈の庵」の目的はココにあります。

(つづく)


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2016年10月6日木曜日

究極の暮らしプロジェクト(その5)台所・煮炊き

この究極の暮らしプロジェクトの「方丈の庵」を通して、暮らしを見直すきっかけになればと思います。

今回は「台所」です。
かつては水屋、流し場などと云われていた、食事をつくるところ。

私たちは日々食べます。食べないと60兆の細胞を維持できません。その食べ物を調理するところを台所といっています。
私たちは洗って食べる。煮炊きして食べる。その場は暮らしの中では必要でしょう。
「方丈の庵」では、洗う場と、煮炊きのための囲炉裏を設けました。


煮炊きの道具として、まず鍋が必要です。
鍋から直接食べれば、器は要らない。鍋焼きうどん。炊き込みごはん。
箸。しゃもじ。は必要でしょうか。
包丁も要ります。なければ手でちぎるしかない。まな板もあればいいですね。

「方丈の庵」で暮らす道具

器(茶碗)

しゃもじ
包丁
まな板

煮炊きのこと
囲炉裏は冬場はいいのですが、夏場はチョと辛いです。そこで七輪を使って煮炊きしたい。
燃料は炭。炭を焼くことも暮らしの一部にする必要がありますが・・・・・・。
ロケットストーブで考えて見てもいいと思います。小枝を燃料に出来るロケットストーブがいいかもです。
拾ってきた小枝を燃料にするのが一番シンプルな暮らしかも知れません。

火のある暮らし
縄文のころは火が暮らしの中心にあったようです。そして火はどんどん隅の方に追いやられ今では火を見ることすら出来ない。

「方丈の庵」で暮らす道具
火箸
火鋏
消壺(燃え残った炭を保管する壺)
七輪(関西ではカンテキ)

さて、
次は水です。
水の確保はもっとも厄介です。湧き水。雨水。川の水。
飲食に使う分は、20リットルのポリタンクに湧き水を入れて流しの横に設置する。
それ以外の水は、天水すなわち雨水を使うのはどうでしょうか?。
このような暮らしは、
蛇口をひねれば水が出る便利な暮らしに感謝することになります。

排水は溜めて再び自然に還す。
化学洗剤を使った排水はどうしましょう?。
自然分解出来るものを使うのがいいのでしょうか。
禅寺の食事のような作法も参考にしたいものです。

水で洗って取れないような食事は、如何なものでしょうか。

(つづく)

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2016年10月5日水曜日

究極の暮らしプロジェクト(その4)便所・厠・トイレ

便所・厠・トイレ

私たちは食べることばかり考えているようですが、排泄がどれだけ健康に大切なことか意識する必要です。
モノの生産には意識するが、消費し、処分する部分には意識が無い。この意識がゴミ問題に繋がっていると思います。
排泄という行為もまた然りのようです。

排泄の行為は、何億も稼ぐひとも、その日暮らしのひとも、同じです。
経済的に多く稼ぐひとほど多大なエネルギーを使って暮らしています。それを豊かな暮らしといっているようです。それを競っている。

今日では洋式の腰掛式の便器を使うようになりました。ウォシュレットなるお尻を洗ってくれる便器も普及してきています。が、しゃがんでする方が健康的だという考え方もあるようです。

それと、排泄に必要なモノとしては、トイレットペーパーでしょうか。
野グソで自然に直接排泄が理想なのかも知れません。それでも、尻を拭く行為は必要でしょう。その最も拭くのに適しているのがフキなので、「フキ」というらしいです。

さて!!
排泄したものをどう処理するかですが・・・・・・・。
究極は「野グソ」でしょう。
その土地で育ったものを食べ、また再びその地に戻す。
排泄物はその土地に戻すのが理想ではないでしょうか。

いわゆる汲み取り式にして自然の浄化能力を活かす仕組みづくりが必要です。自然の浄化能力とのバランスが必要です。

この「方丈の庵」では、野グソは想定外としています。野グソが可能なところでは、トイレは必要でないので、その分、広く使えます。
鴨長明の方丈庵にはトイレがありません。長明さんは野グソ派だったのでしょうか。それとも、簡単な小屋をつくって用を足していたのでしょうか。

つい最近まで、街中でも汲み取り式。トイレは家の外にありました。

今日では、世界中から食材を集めてそれを食べています。その排泄物は、集中浄化処理の下水設備をもうけて何もかも下水道につないで処理しています。それを膨大なエネルギーを使って処理し海に返しています。

その他、バイオマストイレなどいろいろ考えられています。
排泄物は、水に流すだけではもったいない。

街中の暮らしも、自然の中での暮らしも、
暮らし方に合わせてトイレをどうするか考えたいものです。

この「方丈の庵」プロジェクトは、
食べて、排泄するまでを、この方丈のなかで完結できるようにしたいと思います。
暮らしのなかで排泄をおろそかにしないためにも・・・・・・・。

(つづく)

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2016年9月14日水曜日

究極の暮らしプロジェクト(その3)方丈の庵

暮らしを再考する(その3)
方丈の庵のつづきです。

暮らしに必要な空間を限界まで縮小することによって、この国の暮らしを考えてみることにしました。暮らしていくにはどれだけの空間が必要なのか。先ず、ひとり暮らしから・・・・・。

この「方丈の庵」。ここに暮らすひとの暮らしがカタチになるように、出来るように、もっと簡素にしてみました。




火のある暮らし
煮炊きはこの囲炉裏で行う。古えの縄文の時代から火は暮らしの中心にあり、やはりこの「方丈の庵」も火のある暮らしを中心にしたいと思います。

食のある暮らし
食事から排泄まで。日々の営みの中で「食」は欠かせません。それと同じに排泄も無くてはなりません。60兆とも云われる細胞を維持するために・・・・・・・。
自然で育った生き物を食べ、そして、残ったものを自然に還す。
トイレをゆったり(方丈の広さにしては)と取りました。

水のある暮らし
水もまた暮らしに無くてはならないものです。

作業の出来る暮らし
モノづくりの出来る暮らし。洗い場は、カラダを洗う、衣類を洗う、場だけでなく、土間のつづきで作業も出来るものにしました。水の使える土間です。

やはり、暮らしにはモノづくりの場が必要でしょう。必要なものは自分でつくる。
この「方丈の庵」も、自分でつくる。そんな暮らしが出来る「方丈の庵くらし」は如何でしょう。


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古材を活かしてつくる庵


古材を活かしてつくる庵

■素庵(su-an)
http://www.geocities.jp/jksmura/suan.html

今から十数年前に、古材を活かした庵(3帖)をつくったことがあります。このプロジェクトは室内を区切る空間、家具のように、との思いでつくりました。このとき「素の庵」として「素庵(sy-an)」でした。


■楽庵(raku-an)
夢としてのロゴ
いつかはこんな庵を・・・・・・。との思いで・・・・・・・。
こちらは「楽庵」です。

■方丈の庵
今回の庵。「方丈の庵」。

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2016年9月12日月曜日

究極の暮らしプロジェクト(その2)方丈の庵

暮らしを再考する(その2)

暮らしに必要な空間を限界まで縮小することによって、この国の暮らしを考えてみることにしました。暮らしていくにはどれだけの空間が必要なのか。先ず、ひとり暮らしから・・・・・。

1丈四方の庵で綴られた鴨長明の方丈記
1丈は10尺だから約3m四方の庵ということになる。
どこでも好きなところに解体して組立て移動出来る庵、身近にある素材でつくる庵を詳しく記している。モノの中で暮らすより、精神的な暮らしに重きにおいた暮らしを具現する庵。



この図は私家版「方丈の庵」です。
1丈(10尺)×1丈(10尺)  約10㎡
この庵は、かなりの覚悟がいる庵になると思います。モノに囲まれた暮らしから、モノが持たない暮らしの覚悟がいると思われます。

更に、寝る時は机の下に足を入れないと、足を延ばして寝ることが出来ません。布団を敷くと机の下に入れないとならない。昼間はかつて江戸時代の長屋のように枕屏風などで布団を隠す必要があるかもです。私は寝袋が良いような気がします。

洗い場は、カラダを洗うだけでなく、洗濯場でもあり、水場として使えると思います。シャワーは太陽の熱源を使う太陽温水器の湯がいい。

トイレは狭いです。飛行機のトイレのように。それを解消するために出窓を設けました。

台所は流しのみ。食器や食材を洗うための流しのみです。コンロは七輪です。炭火で煮炊きすることになります。

この庵には電化製品の置く広さがありません。電化製品のない時代の知恵や工夫を体感し、それを楽しむ暮らしが出来る庵です。

そう云うことなので、かなり、勇気のいる、覚悟のいる暮らしになると思います。が、この庵を手づくりでつくると、暮らしを楽しむには最高の庵になると思います。



2016/09/12
竹の濡れ縁。板の間に広がりを求めて、濡れ縁を付けました。
2016/09/14
この「方丈の庵」。ここに暮らすひとの暮らしがカタチになるように、出来るように、もっと簡素にしてみました。


火のある暮らし
煮炊きはこの囲炉裏で行う。古えの縄文の時代から火は暮らしの中心にあり、やはりこの「方丈の庵」も火のある暮らしを中心にしたいと思います。

食のある暮らし
食事から排泄まで。日々の営みの中で「食」は欠かせません。それと同じに排泄も無くてはなりません。60兆とも云われる細胞を維持するために・・・・・・・。
自然で育った生き物を食べ、そして、残ったものを自然に還す。
トイレをゆったり(方丈の広さにしては)と取りました。

水のある暮らし
水もまた暮らしに無くてはならないものです。

作業の出来る暮らし
モノづくりの出来る暮らし。洗い場は、カラダを洗う、衣類を洗う、場だけでなく、土間のつづきで作業も出来るものにしました。水の使える土間です。

やはり、暮らしにはモノづくりの場が必要でしょう。必要なものは自分でつくる。
この「方丈の庵」も、自分でつくる。そんな暮らしが出来る「方丈の庵くらし」は如何でしょう。


(つづく)

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2016年9月4日日曜日

究極の暮らしプロジェクト(その1)素庵

暮らしを再考する(その1)

究極の暮らしの広さを考えて見ることにしました。
暮らしの広さはどこまで小さく出来るのか。究極の暮らしの広さです。



暮らしに必要なもの。
・料理をするところ。食材の保管するところ。
・食べるところ。
・排泄するところ。
・カラダを洗うところ。モノを洗うところ。
・寝るところ。
・モノ(主に衣類)を収納するところ。

広さは10㎡以内(建築基準法で申請手続きが不要な広さ)になるようにしました。
この広さは3坪(畳六帖)の広さで、これ以上小さくするためには何かを削ることになります。
この究極の広さでは、モノを最小限にしないと暮らせなくなります。

ひとは、起きて半畳、寝て一畳。という諺があります。
ココでは、板の間が二畳ほどありますので、二人で暮らせるはずですが、チョと息が詰まるかもしれませんね。

今回の究極のプロジェクトの家の名は、「素庵」SUAN。
「素」。元の、基本の、まんまの、庵(いおり)。素(す)の庵(いおり)。素庵(すあん)。

この「素庵」は、古材を活かしたものにしたいと思います。木材だけでなく、土壁も、瓦も、建具も活かしたいと思います。DIYで、手づくりでつくれる「素庵」にしたいと思います。

◆古民家Dr.ムラのにわか大工(DIYでつくる、家づくり、店づくり、街づくり)
http://www.facebook.com/NiwakaDaiku/


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2016年7月20日水曜日

家も新陳代謝するように・・・・・。古民家再生で思うこと




新陳代謝する家

私たちのカラダは新陳代謝しながら維持されています。
生命維持に不可欠な仕組みです。
細胞の新陳代謝の周期は部位によって異なるようです。
胃腸の細胞は約5日で、心臓は約22日で、肌の細胞は約28日で、筋肉、肝臓は約2ヶ月で、骨は約3ヶ月で、新しい細胞に入れ替わるようです。
よって、私たちのカラダは約3ヶ月で新しい細胞に入れ替わるのです。(Wikipediaの「新陳代謝」より)

このように細胞は再生を繰り返して、私たちのカラダは維持されています。

家も同じで新陳代謝して維持されるべきです。

モノは放置すれば風化します。風化は自然の営みの基本です。
風化する仕組みがあるから浄化するからこの地球は維持されています。
なので風化することが健全な営みなのです。
風化すれば取り換える必要があります。

家も新陳代謝する必要があります。

ただ単に傷んだから取り替えるだけでなく、暮らしに合わせて進化させる工夫も必要です。
自然の素材を活かして・・・・・・。取り替えたあとの処分のことも考えて・・・・・・。

この国には、この改修する技、工夫がありましたが最近ではこの改修の技がないがしろになっているのは嘆かわしい限りです。


◆古民家Dr.ムラのにわか大工
http://www.facebook.com/NiwakaDaiku



2016年6月3日金曜日

メモ・熊本大分地震から学ぶこと

熊本大分地震から学ぶこと
http://www.risktaisaku.com/articles/-/1814



報道写真は倒壊した建物ばかりなのだが、倒壊してない建物もある。
何故、倒壊したのかも大事だけど、何故、倒壊しなかったのかも大切なデータです。
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2016年5月31日火曜日

育くむこと。愛でること。

教育とは、「育むことを教える」こと。「教えて育てる」では無く・・・・・・・。

今日の教育は、教えることが主で、育てることを忘れ去られています。
「育くむ」こと、そのものを忘れています。
私達はこの「育む」ことの大切さを伝え教え、体感する必要があると思います。
教えるのではなく、「なぜ」そうするのか、が大切なのではないでしょうか。
愛でるこころが大切なのではないでしょうか。

大自然の中で育んでいること、育むこと。
助け合うこと。愛でるこころ。
いのちのこと。生きること。生きていること。
暮らしのこと。暮らし方のこと。

勿論、
読み・書き・算盤
も必要です。

家で、家族で、暮らしのなかで、学び、育むことが出来なくなった今日の社会では、尚更、この、育むこと、愛でることの大切さを知る場が必要になって来ています。
今日の社会の歪は、育む、というところから見直し、それを繕うことから始める必要に迫られているような気がします。

知っていても、それを暮らしに活かして、知恵として、工夫してこそ、であると思います。
多くのことを知っているだけでは、生きていけません、それを活かして、暮らしのなかで、育くみ、愛でることが求められているようです。

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2016年5月22日日曜日

この国のカタチを考える。人口集中化。

こんなに集まって暮らす必要があるのだろうか?
便利、快適を求め続けて・・・・。

この街を維持するためにどれだけのエネルギーが必要なのだろうか?。
この暮らしを維持するためにどれだけのエネルギーや食糧が必要なのだろうか。

この地球の営みの中で暮らす・・・・・。
地球の営みは人類の営みをはるかに超えたところで営まれていることを知るべきです。
地球の営みは人の営みを一瞬にして破壊することもある。

人類の危機管理から見れば人口の集中は人類の滅亡を加速化しているに過ぎない。
人口の集中化は、戦争、遺伝子操作、原子操作、温暖化、環境汚染、免疫力の低下等々と同じくらいに危ない。

東京駅
http://citrus-net.jp/article/1026

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2016年5月19日木曜日

暮らしの中にカタチがある。

家は暮らしがカタチになる。
暮らし方がカタチになる。

地域による暮らし、季節による暮らし、気候風土に培われた暮らし、地形による暮らし
暮らしがカタチになる。

暮らしに必要なものをつくる。
自然に寄り沿うものづくり。

これ、ものづくりの基本。

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我々は経済で生きているわけではない。

社会の仕組みを考えて見ると。
日々、経済がどうのこうのといって、生きている。

経済、経済、経済・・・・・・・・。
まるで経済で我々は生きているかのように・・・・・・・・。

我々は経済では生きていない。


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農業から逃げたはずなのに・・・・・。

農家に生まれ、百姓から逃げたのに・・・・・。
いや、農業から逃げたと言った方が正確かも知れない。
百姓ならつづけていたかも知れない。

百姓は自然の営みを知り、自然に寄り沿う暮らし方。
農業は農を生業とし、生産したものを売る暮らし方。
なので、大量に生産して、販売する、目的のために生産する。
生産の効率、生産性、売れるものをつくる。
そのために、機械化、化学肥料、農薬を使わざるを得ない。
工業製品をつくる仕組みで・・・・・・。

今になって農の大切さを痛切に感じている。
農は私達の生命を維持するために無くてはならないもの。

暮らしを考える仕事に携わるなかで、暮らしの基本は、やはり衣食住を知ること、自然を知ることに尽きることを知る。

農家に生まれ、農家が嫌になり、農業から逃れ・・・・・・、
そして、暮らしを考え、社会の仕組みを考えたとき、
農業でなく、暮らしの一部としての農を・・・・・。


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熊本大分大地震から一か月が過ぎて・・・・・。国の基準は誰のためにあるのか。

この国のカタチを考える。国の基準。

古いから危険?。新しいから安全?。
国の基準は、有識者の意見だけでなく、業界の思惑も考慮?している。

壊れたものと壊れていないものがある。
たとえ基準が満たしていても。

古い(伝統的な)ものでも、壊れているものと、壊れていないものがある。
壊れているものだけを対象に分析するのでなく、壊れてないものも分析の対象にしてほしい。
そこに、先人の、職人の知恵が隠されていることもある。

得てして、このことが今日のものづくりに対して無視されているような気がする。ハイテクばかりが信じられ、ローテクが無視される傾向がある。

いろいろと実験した金物で補強して安全ですと言っていてもその金物が外れることもあることを忘れている。
竹と土の壁の貫構法の方が粘りがあって倒壊を免れることもあるのである。

ものづくりにとって、もう少し自然に対して謙虚になることが必要な気がする。特に暮らしの基本(衣食住)に携わるものにとっては、もっと、もっと自然の優しさと脅威を直視して、つくりたいものである。
暮らしを守り、命を守り、維持する仕事をしていることを自覚すべきである。

木を見て、森を見ず。
自然の営みを知り、暮らしを、衣食住を考える。

この病んだ社会、歪んだ社会を繕うのは・・・・・。
ここから、見直すべきだと思いますが、どうだろうか。

◆メモ
熊本大分大地震2016の被害報告
https://www.facebook.com/denmoku/#

2016年5月11日水曜日

七輪のある暮らし

市井の建築家が、七輪とダッチオーブンでアップルパイを焼きだして7年になります。電気オーブンもガスオーブンも使わずにアップルパイを焼く
にはどうすれば良いのか?。この素朴な疑問から生まれたのが、七輪というコンロとダッチオーブンの組合せです。熱源は木炭です。

電気も、ガスも使わずに、暮らしていた時代を再考してみると、自然との循環もそれなりに上手くいっていた。

暮らしのこと、エネルギーのこと、資源のこと、などを考えると、やはりこの国の資源を活かすことから見直す必要があります。

この国には、資源がないと云われてきました。資源がないので輸入するしかない。この国には、多様性にとんだ豊かな自然があり、この自然を活かして、工夫して、暮らして来ました。
暮らしていくためのエネルギーは、十分だったはずです。この国の自然を活かした循環型の暮らしが成り立っていたのです。

この国の資源を考えたとき竹があります。竹は繁殖力が強く放置すると瞬く間に野山を侵食してしまいます。

かつては、日常的に必要なものは、ほとんど竹でつくられてきました。竹は傷むから壊れやすいからといって、プラスチック製品に置き換わり、修理もできず、不用になったらゴミとして捨てられ、処分に膨大な税金とエネルギーを使っています。
竹の製品は修理も出来るし、処分するのに多くのエネルギーは必要としないし、放置しても、自然に返ります。
モノを修理して使う文化がありました。無駄なゴミが出ない社会の仕組みがありました。

この竹を炭に変えてエネルギー源にすれば、循環型の持続可能な社会の一端を担うことが出来るのではないでしょうか。荒れた竹藪から、美しい竹林のある国になることでしょう。

このハイテク優先の社会に、ローテクの知恵と技を見直し、この片寄った社会の仕組みの歪みを繕う時なのです。

「七輪のある暮らし」は、そんな片寄った「暮らしの歪みを繕う」きっかけになればと思います。

七輪とダッチオーブンでアップルパイを焼いて食べながら、再考してみては如何でしょうか?。

2016年5月1日日曜日

暮らしの美。美しい暮らし。

日々の暮らしの中から生まれたもの。
「用の美」。柳宗悦らが提唱した「民芸」。
永い時を経て培われてきた暮らしの中から生まれてきたものは美しい。
河井寛次郎の「暮らしが仕事 仕事が暮らし」のことばにもそれが感じられる。

モノだけでなく暮らしそのものに「美」を感じる。
美を感じる暮らし。アートな暮らし。
そんな暮らしをしたいものです。

それは、
かつての里山の暮らし。
自然の営みに近い、自然に寄りそう暮らし。
自然農的暮らしにあるように思う。

美しい暮らし。
気候風土によって培われてきた、自然に寄りそう暮らしから生まれた、古民家にもまたそれを感じることが出来る。

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2016年4月24日日曜日

熊本大分大地震2016

2016年4月14日から始まり、16日に本震、その後の連続の余震。
そんな中で考えさせられることがある。

地球は生きている
その生きている地球の上で暮らしている

避難所
災害から逃れるための避難所
住む家を無くしての避難所

家は暮らしを支えている。
暮らしを支えているもの・衣食住

「衣」を纏う
体温調整や體を保護する

「食」らう
食べて生命を維持する

「住」まう
雨露を凌いで寝る
煮炊きする
排泄する

この「衣・食・住」を維持するために家がある。
これら暮らしの基本中の基本が、震災に合うとこれが出来なくなる。

その家が使えなくなると、たちまち、暮らしに支障をきたすことになる。
家は暮らしを支えている。

この生きている地球と共に暮らしていくためには、絶対安全なものはつくれません。が最低限、命を守れる家にしておくことが大切です。


核家族化政策の弊害

戦後、高度経済成長と共に核家族化が進み、いや、核家族化政策によって高度経済成長したともいえます。そして、その弊害が、歪が、今日のさまざまな病んだ社会として現れていることに気づき、修正しないとこの国は滅んでしまう。もう滅びつつあります。

暮らしの中で子育てが問題になっている。
大家族で子育てし、近隣の人々と共に子供を見守っていました。共同で育てる仕組みがあった。人社会での基本であった。それが子育ての基本であった。
それが核家族社会化によって共同で育てる仕組みを破壊してしまい、今のさまざまな社会問題になっている。

働き方(暮らし方)にも、同じことがいえる。かつては大家族というチームで働いていた。それが核家族化によってチームで働くことが出来なくなり、働くこと、暮らすことそのものが破壊してしまった。

更に、厄介なのは、未だ高度経済成長の社会の仕組みが続いていること。核家族化での経済システムのままで。人口減少社会が来ているというのにである。

共同養育、相互扶助的暮らし社会に移行しない限り、この社会は崩壊することが目に見えている。

この国には資源がないので、他国から原材料を輸入し、加工して、輸出しないと成り立たない。そして経済大国になった。だが社会は病みはじめている。

この病んだ社会に気づき、この国の豊富な資源を活かして、共に働き、共に育て、共に営む暮らし。自然に寄りそう暮らし。
人任せにせず、気づいたものから始めようではないか。

2016年2月26日金曜日

この不健康な住環境の中で・・・・・。暮らしを考える。

自然の中で暮らしてきた我々のカラダが不健康なこの社会で悲鳴を上げている。
この歪のなかで暮らして、健康なカラダは維持できずにいる。
自然の中で暮らして来た人類が、化学物質の中での暮らしは、けっして健康的な暮らしにはならない。

衣食住において
衣においては、化学繊維をまとい、
食においては、食材の残留農薬、遺伝子組み換え、食品の防腐剤、化学添加物、
住においては、化学物質の建材、化学接着剤、防腐剤、防虫剤、電磁波

このような化学物質での住環境にたいして我々のカラダは悲鳴を上げている。
過度の便利、快適が不健康な住環境にしてしまっている。

景色がいいからと高層住宅に暮らす
便利で簡単だからといってインスタント食品、レトルト食品を食べる
栄養バランスのためにサプリメントを利用する
省エネのために高気密高断熱な住まいをつくる
自然と我々のカラダの関係をどこまで考えてつくっているのだろうか。

意外と不健康な暮らし、不便な暮らしと思っていることのなかに、本来の健康的なものが埋もれてしまっている。
無菌室のようなところでつくられた食品、食材が安全な食べ物だと思っているが、我々のカラダに必要な菌まで殺した食材が果たして健康な、安全な食材と云えるのであろうか。

木は燃えやすいので、燃えにくい建材で住まいをつくり、ひとたび火災が発生し、有毒ガスが出るようでは本末転倒です。薪や炭で暮らしていて有毒ガス中毒で死ぬことはない。むしろ遠赤外線で健康に良かったし、料理も美味しかった。それが、便利、簡単という、電子レンジやコンロなるもので調理することになり、食材の組織まで破壊し、電磁波まで撒き散らすことになっている。

味覚までコントロールされている食生活。旨味は自然の素材のなかにあるのであって、人工的な化学的調味料に置き換えることなど出来ないはずである。化学調味料の便利さや旨味がカラダの組織や細胞を傷つけ健康を害している。

我々のカラダは食べることによって様々な臓器が、細胞が、維持している。この細胞を維持するために食べている。全て吸収出来るようになっているのではなく、不要なものは排出するように出来ている。その不要なものが添加物のような化学物質であれば排出出来ない。

凍てつく寒風の中で野菜が甘くなる、それは野菜にとって寒風から身を守るためであって我々人間の爲ではない。自然の仕組みなのである。それを我々は美味しいといって食べているに過ぎない。この旨味を活かしてきた先人の知恵があるにかかわらず、甘味料なるものを人工的につくりだし、それを食して美味いといっている。これがはたして健康的な食といえるのであろうか。

戦争は良くないことと誰もが思っているが、国益のため、家族のため、自分のため、といって戦うことになる。会社のため、家族のため、自分のためといって働く、それが戦争のための武器であっても・・・・・。それが体には良くないモノと解かっていても・・・・・・。食べるための経済活動が、誰かの健康を害するものであっても・・・・・。

と思うのであるが・・・・・・。


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備えあれば・・・・・・。災害は忘れたころに・・・・・・。

災害は忘れたころに・・・・・。

その1

倒壊した家で圧死。
倒壊しても隙間があれば命は助かる。傾いても倒れなければ命は救われる。
耐震補強と家具の倒壊防止
木造の家は柱と梁で支えられ、壁で揺れを止めている。

その2
地震後の通電復旧によって通電火災が起こり焼死。
通電火災を防ぐには感震ブレーカーを取り付ける。

感震ブレーカー
http://www.j-herz.com/index.html


その3

安否確認のひとの行動で災害を悪化させる。
車で移動すると道路が渋滞し塞がり救急車両の通行を妨げる。
携帯などで安否を確認すれば通信網が妨げられる。
目の前のひとをみんなが助け合えば、安否は後からでいいのでは・・・・。


つづく

NHKスペシャル 
震度7 何が生死を分けたか ー埋もれたデータ21年目の真実ー


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2016年2月19日金曜日

古民家の「取扱説明書」つくってみました。

古民家に暮らしたい、古民家を再生したい、古民家を処分したい、古民家を探したい、DIYで古民家を修理したい、等々。
古民家をいろんな活かし方をして頂くのは有難いのだけど、健康とか、安全とか、結構無視した再生が行われていて、ハラハラ、ドキドキ、の時があります。
町家、長屋、アパートの空家、空室を再生するときの参考になればと思いつくってみました。
熟慮しての作業でなかったので、これから煮詰め直すつもりです。取り急ぎつくってみました。

古民家取扱説明書2016私家版

住環境設計オカムラアトリエ一級建築士事務所の公式Facebookページ
http://www.facebook.com/jksmura3/
のノート欄に投稿しました。
古民家の「取扱説明書」です。




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2016年2月16日火曜日

三寒四温

節分、そして、
立春
寒寒寒寒寒寒寒
寒寒寒寒寒寒温
寒寒寒寒寒温温
寒寒寒寒温温温
三寒四温
寒寒寒温温温温
寒寒温温温温温
寒温温温温温温
温温温温温温温
立夏
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2016年2月12日金曜日

繕う、暮らしへ

鋳掛屋(いかけや)、研ぎ屋(とぎや)、目立て屋、傘の修理屋、下駄、雪駄の直し屋、提灯張替屋、錠前直し屋、石臼の目立て、・・・・・・・・。

このように日用品、道具の修理屋、職人さんがいました。暮らしに必要なものは修理して使うのが当りまえでした。
暮らしの衣食住、全てにおいて、修理、繕う、暮らしが出来る仕組みでした。

自然に寄り添う里山の暮らしは、必要なものは手づくりでつくっていました。手づくりなので繕う技があり、知識、工夫が出来て、伝承、進化してきました。

修理、繕う文化は、ゴミを出さない、モノを大切にする、自然に感謝する社会です。生産する社会です。今日のような消費優先社会でなく、必要なものを生産する社会です。

古くなったから、壊れたから、捨てる、処分する社会から、活かして使う社会へ軌道修正したいものです。
そして、社会の仕組みを・・・・・繕う!!ことかも知れません。

そのためにも、自然の恵みに感謝する里山の暮らしに学び、自然に寄り添う手づくりの暮らしをしたいものです。


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2016年2月7日日曜日

この国の暮らしを考える「衣食住」(メモ)

この国の地形、この国の位置が、この国の暮らしをつくってきました。

この国には四季があること。南北に気温差があること。地震、台風、火山等々の盛んなところでもあること。

この置かれた地形によって、この国の衣食住が生まれてきました。

他の地域の異文化をこの国の文化として進化させてきたのは、この国に四季があるからです。どの地域の文化にも対応出来る素地があるからです。あったからです。



着物
仕立て直し、染直し、


日本食
今や一年中同じものが手に入る。これは不自然なことなのです。寒くなれば体を温める食材でつくったものを取り、暑いときには体を冷やす食材でつくったものを取る。


古民家
移築する、再生する、古材を使いまわす


暮らしは自然に沿って営むもの。それぞれの地域の気候風土に沿った暮らしで在りたいものです。
快適という基に無理やり人工的に環境をつくり、カラダが悲鳴上げては本末転倒というものです。


(つづく)

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2016年2月5日金曜日

この人類の仕組みを・・・・

・1%の富める者と99%の貧困者
 拝金主義でお金が全てとしているひと。

・戦争を仕事にしているひと、武器をつくって暮らしているひと。
 国益のためといって仕事にしているひと。

・税金で暮らしているひと、税金に無縁で暮らしているひと。
 社会のため、市民のためといって税金を給料として受け取って暮らしている人。

・お金がなくても暮らせるひと、無ければ暮らせないひと。
 
・生産して暮らしているひと、消費して暮らしているひと。
 モノをつくって暮らせるひと、つくったもので暮らしているひと。

この仕組み、何とかしないと、人類は絶滅危惧種になりかねない。
いや、もうなっているのかもしれない。


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2016年2月4日木曜日

手しごとで思うこと・頑張る左手

先日、アルモンデの食卓での会話を紹介します。

畑仕事でも、大工仕事でも、家事仕事でも、手仕事では、右手と左手が相互に助け合っている。正に、相互扶助の精神です。

草取りをするとき右手は鎌を持って草を刈り取って如何にも仕事をしているようですが左手が草を捕まえているから刈り取れる。左手が無ければ作業にならない。しかも、左手は右手の手元がくるって鎌で傷つけられることもある。

大工仕事もしかりで、ビスやクギを支えるのは左手で、右手はそれを打ち込む役目。時々、右手は打ち損ねて左手を打ち付けることもある。

左手は、切り付けられても、傷つけられても、打ち付けられても、小言一つ言わずに作業を続ける。
なんと、気なげな役割をになっていることでしょう。

右手は道具を持って如何にも仕事をしているようだけど、左手がなければ仕事にならない。たまには頑張る左手に感謝してあげたいと思います。

手しごとで、無意識にしている作業も、チョッと意識することによって感謝の気持ちが目覚めるのも楽しいものです。




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2016年1月22日金曜日

食を考える・この国のカレーを・・・・・。


食を考え、探究に余念のない、高宮大楠の某K食堂にて。
この国の気候風土と異なったインド地域のカレー文化を、この国の気候風土で育った食材で、いわゆる身土不二として、しかも無添加で、この国のカレーを探究し続けている。こうした食を探究している店で週一でも食事をしたいものです。

化学添加物で味付けされた美味しい?!食事では、カラダの細胞は悲鳴をあげています。そして病として警告します。カラダの細胞が歓ぶ食事をしたいものです!。

きょうのゆうげ(2016/01/13)
一汁一菜
これぞ、食の原点。







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