2016年5月19日木曜日

熊本大分大地震から一か月が過ぎて・・・・・。国の基準は誰のためにあるのか。

この国のカタチを考える。国の基準。

古いから危険?。新しいから安全?。
国の基準は、有識者の意見だけでなく、業界の思惑も考慮?している。

壊れたものと壊れていないものがある。
たとえ基準が満たしていても。

古い(伝統的な)ものでも、壊れているものと、壊れていないものがある。
壊れているものだけを対象に分析するのでなく、壊れてないものも分析の対象にしてほしい。
そこに、先人の、職人の知恵が隠されていることもある。

得てして、このことが今日のものづくりに対して無視されているような気がする。ハイテクばかりが信じられ、ローテクが無視される傾向がある。

いろいろと実験した金物で補強して安全ですと言っていてもその金物が外れることもあることを忘れている。
竹と土の壁の貫構法の方が粘りがあって倒壊を免れることもあるのである。

ものづくりにとって、もう少し自然に対して謙虚になることが必要な気がする。特に暮らしの基本(衣食住)に携わるものにとっては、もっと、もっと自然の優しさと脅威を直視して、つくりたいものである。
暮らしを守り、命を守り、維持する仕事をしていることを自覚すべきである。

木を見て、森を見ず。
自然の営みを知り、暮らしを、衣食住を考える。

この病んだ社会、歪んだ社会を繕うのは・・・・・。
ここから、見直すべきだと思いますが、どうだろうか。

◆メモ
熊本大分大地震2016の被害報告
https://www.facebook.com/denmoku/#

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