2015年9月4日金曜日

ひとの都合だけで・・・・・

食材と云えば抵抗ないのですが、私たちの口にするものは、全て、生き物を殺して食べている。それは致し方ないこととしても、賞味期限という人間側の都合で処分している。

野菜を育てるのに都合が悪いからと言って草を雑草扱いにし、省力化というもとに除草剤を撒きまわる。

売りやすくするために規格をつくり、規格外は処分する。売る側の都合で処分する。

農薬が散布されていても、綺麗で安い野菜を買って食べる。抗生物質を与えないとダメな育て方をしたものを食べる。人の健康より、売り上げを伸ばすというひとの都合で生産される。

今の暮らしは、衣食住は、すべて、ひとの都合でモノゴトが決まっている。

解かっていても止められない社会の仕組み。
この社会の仕組みを見直さない限り、人類の未来はない。

自然の恵みを紡ぐ暮らし

自然の恵みを紡ぐ暮らし

便利、快適、簡単、安い
美味しい、珍しい、新しい、
売れる、儲かる、
はたして、これらは、私たちのカラダの細胞が歓んでいるでしょうか。

生産と消費を分ける社会の仕組みは、生産はどんどん複雑化し、消費はどんどん簡素化する。
誰が、何処で、どのようにつくられているかも分らないものを、ただ便利だといって消費する。

つくって着る、つくって食べる、つくって住まうことが、カラダの細胞を維持するための基本であり、これらにキモチが加わり、それを感謝する。本来、これが暮らしのはずなのに・・・・・・。

誰かのためにつくることは良くないと言ってるのではありません、みんなと共にに暮らす社会のためには助け合うことが大切です。問題は己の欲望のために、健康を害するものでも、売れるもの、儲けることを目的にしたモノづくりが困ると言いたいのです。


過度な快適な暮らしも良くありません。快適過ぎて細胞がいざという時、働かないと困るからです。、健康的な暮らしは、細胞の能力を発揮出来るように保つことなのです。

カラダの細胞が歓ぶものをつくってほしいのです。

紡ぐ暮らし。
糸は、自然の繊維を採りだし、よりをかけて紡んでつくります。糸を紡ぐのように「紡ぐ暮らし」からはじめてみたいと思います。