2016年12月21日水曜日

冬至と柚子

冬至
古代、冬至は一年の始まりだった。
何の都合で一年の始まりが換わったのだろう。
太陽の動きから云えば、冬至、夏至、あるいは、春分、秋分でいいのに・・・・・。
古代の方が解りやすい、かも・・・・・。

我々は、自然の営みから生まれたのだから、自然の営みに合わせばいいような気がする。
自然の中でしか生きられないのだから・・・・・・。

柚子
古民家再生中の庭に柚子が生っていて、それを沢山頂いた。
柚子の木の下に柚子が落ちている。
子孫を残すために・・・・・・。
なのに、我々は、これをモッタイナイと思う。
何かに使えないだろうか。と思う。

冬至には柚子風呂。
何故、柚子風呂。
カラダが温まるから・・・・・。
我が市井の山居には風呂がない。なので柚子風呂には入れない。
ならば、柚子を食すことを考える。
柚子ジャムはどうだろう。
柚子マーマレードが・・・・・・・。いいかも。

などと考える。
柚子を絞り、皮を細かく刻み、砂糖を加えて、火にかける。
砂糖は、北海道産の「てんさい糖」。
自然でやさしい甘さ、天然のミネラル、に釣られて購入。
チョッと苦みがきつい。
ので、ショウガを刻んで入れてみる。

種はどうする。
洗って、干してみることに・・・・・・・。
柚子は喜んでくれただろうか。

ところで、
柚子風呂のあとの柚子はどうなるのだろうか?

こんなことを思う、きょうの「冬至と柚子」です。
 

2016年10月29日土曜日

メモ:国政調査(平成27年度)

国勢調査(平成27年度)が発表された。

総人口 1億2711万人
男性6182万人、女性6528万人
5年前より95万人減少した。

65歳以上3342万人
16~64歳7783万人
15歳未満1586万人

世帯数 5187万世帯

■国勢調査・速報(総務省統計局)
http://www.stat.go.jp/data/kokusei/2015/kekka/pdf/gaiyou1.pdf

5年で95万人減少した。
今後も減り続けることになる。
減ることが悪いことなのか良いことなのか。
減ることが分かっているなら減ることを前提にした策があっても良いのではないだろうか。
減るから減らないようにしようとする策ばかりではなく・・・・・・。

2016年10月19日水曜日

なぜ、ガン患者が増えているのでしょうか。

ガンになる人が増えている。
本当に増えているのでしょうか。
増えているとしたら、何故なのでしょうか。

化学添加物、残留農薬、化学肥料、遺伝子組換え、の食べ物を食べているから・・・・・・・。

化学接着剤、化学塗料、防腐防虫剤、除菌剤、の中で暮らしているから・・・・・・・。

化学染料、化学繊維の衣類を着ているから・・・・・・・。

電磁波、放射能、大気汚染など、環境が悪化しているから・・・・・・。

高齢化で長生きしているから・・・・・・。

ガン医療には積極的だが、ガン予防には消極的なのは何故。 

ガンを商売にしている企業の仕組み。
真剣にがん予防を啓蒙する社会の仕組み。
分かっているけど・・・・という仕組み。

つくってつかう仕組み。
みんなでつくって、みんながつかう仕組み。
つくる人は生産者、それを使うひとは消費者に、する仕組み。

過度の便利、快適が、健康を害している仕組み。
ガン患者が増える仕組みは、こんなところにあるのでは・・・・・・・。

ひとに頼り過ぎる社会の仕組み、誰かがしてくれる社会の仕組み。
自分で考えて暮らす社会の仕組み。

街のなかに、自然の中で暮らす知恵や工夫を取り戻す。
これ、ガン予防の近道かも・・・・・・。

わかっているけど・・・・・・・、では、済まないところまで来ているような気がします。




にほんブログ村 ライフスタイルブログ 暮らしを楽しむへ
にほんブログ村

2016年10月14日金曜日

夢をカタチにする

暮らしには夢が必要です。
夢をカタチにする営みが暮らしなのかも知れません。
暮らし方(カタ)が、家(カタチ)になり、店(カタチ)になり、街(カタチ)になります。
カタにチ(知)が加わってカタチになり、動き出します。
・・・・・したい(夢)という想いが、カタチになり、動き出すのです。

夢をカタチにするには、多くの夢が必要です。
多くの夢が集まらないとカタチになりません。














にほんブログ村 ライフスタイルブログ 暮らしを楽しむへ
にほんブログ村

2016年10月12日水曜日

十五夜の月と十三夜の月で思うこと

秋の月が美しい。中秋の名月。で思うこと。

十五夜の満月に対して、十三夜の月を名月とする美意識。
満月を名月とする美意識と、満月の前の月を名月とする美意識。

完璧な満月が美しいという見方。完璧な状態が好みとする。
満月の前の月が美しいという見方。あと二日で満月になるという意識。移ろいの状態が好みとする。
満月の後は欠けていく。が、満月になる前を好むのは、これから満月になるという期待を味わう、
移ろいを美と感じる美意識。


完璧な状態が美しいと思うか、完璧な状態になる前の状態を美しいと思うか。なのです。そこに遊びごころを見出す、味がある、ということなのかもしれません。
わびさびとか、余白の美、間合の美、といったものとも通する美意識ではないでしょうか。

こんな美を感じるこころを持ちたいものです。
自然を愛でるこころで。


にほんブログ村 ライフスタイルブログ 暮らしを楽しむへ
にほんブログ村

2016年10月11日火曜日

暮らしは、十人十色。カタがカタチになる。

暮らし方(カタ)が住まいの形(カタチ)になる。
カタ(思い)がカタチ(家)になる。

暮らし方は十人十色です。
暮らし方は生き方です。人それぞれの生き方があります。
生き方(カタ)が家(カタチ)にする。

どんな暮らし方をしたいのだろうか。
どんな生き方をしようとしているのだろうか。
漠然とした暮らしを見直し、それを読み解く、
その生き方、暮らし方を実現出来る可能性を秘めた家づくりを目指しましょう。
暮らしながら、つくりながら、軌道修正しつつ、暮らしを進化させる。

家は生き方と共に進化し続けるものと思っています。
進化しない家は、暮らしも・・・・・・・。
なので、暮らしながらつくり続けるものなのです。

家は暮らしの場です。暮らしが変われば家も変わります。
変わらないのは自然の営みです。
自然の営みに寄り沿った暮らしを目指しましょう。
寄り沿い方は十人十色です。

四季の恵みを活かした暮らし
自然の営みと共に暮らす
自然を持続的に活用する知恵を縄文の暮らしから学ぶことも出来ます。
山里の古民家に暮らしながら学ぶことも出来ます。

衣食住が暮らしの基本です。
衣で体温を保ち、食で活力を保ち、住で体を守る、暮らしを保つ。
そして、自然と対話しながら、五感を使って、楽しく暮らすことです。

暮らしは、不易流行であって、不易だけでも、流行だけでも、だめです。
不易流行で在り続けてほしいものです。

暮らし方(カタ)が、家(カタチ)になる。
暮らしは、十人十色なので、面白い!!。

と思うのですが、如何でしょうか。
(ムラ)

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 暮らしを楽しむへ
にほんブログ村

2016年10月10日月曜日

便利、快適になって失うもの

不便さで、健康を取り戻す。
便利になると不健康になる。

あえて、不便さを求めているわけではなく、便利さ、快適さにかまけて、健康に障害があれば、本末転倒ですよといいたいのです。

病気を治すために薬を使い、使った薬で副作用で死んでしまっては、薬の意味がない。
野菜を大量に生産するために農薬、除草剤や遺伝子組換えして大量に供給しても、病気を誘発してては、意味がない。

わたしは、古民家を再生するためにいろんなお宅にお邪魔するのですが、家のなかにモノが溢れているところを多々見かけます。そのモノのなかに、必ずと言っていいほど健康器具等があります。こんな健康器具を使わなくても日常の作業で充分対応出来るのではと思うものもあります。

暮らしが便利になり過ぎて、快適になり過ぎて、家のなかでの作業が無くなり、からだを動かすことが無くなり、そこで、健康のために健康器具をつかう。それもいろんな器具で試す。そして・・・・・・・。

運動不足にならないために、ジョギングしたり、フィットネス等に時間を費やす。何だか本末転倒のようなきがするのですが・・・・・・。

ひとの暮らしは、生産して、それを消費して、暮らすのが基本のような気がします。
消費することしかしない暮らしは、ありえないはずなのですが・・・・・・・。

ひとが本来もっている、免疫力、治癒力は、この便利さ、快適さでこの能力を低下している気がします。
人類は、便利、快適さを追求して文明をつくりだしてきたといっても過言ではないと思います。だが極度の便利、快適な暮らしは、健康を阻害しているのでは無いでしょうか。

便利、快適さを追求すればするほど、カラダがひ弱になる。
こんなことがあっては、本末転倒です。
そう思いませんか。



にほんブログ村 ライフスタイルブログ 暮らしを楽しむへ
にほんブログ村

究極の暮らしプロジェクト(その6)寝床

このプロジェクト「方丈の庵」は暮らしに必要な空間を限界まで縮小することによって、この国の暮らしを考えてみる試みです。どれだけ、モノを持たずに暮らせるか。最低限必要なモノは何かを検証する試みです。

今回は「寝床」です。
ひとは、食と共に、睡眠も無くてはならないものです。

座して半畳、寝て一畳。

布団で寝ることが常識になっています。この国には四季があって寝床もその季節に応じて変えます。当然モノが増えます。これを解消しない限り、見直さない限り、この「方丈の庵」では、モノの中で暮らすことになります。

さて、ならばどうすればいいのでしょうか?
私は、寝袋でいいのではと思っています。最近、たためばクッションになるようなものもあるようです。

寝床に必要なもの
寝袋(たためばクッションになる)
まくら(座布団を二つ折りにする)
蚊帳(夏は必要でしょう)


快適な暮らし、便利な暮らしになって、失っているものがあります。快適な暮らし、便利な暮らしが健康的な暮らしとは限らない。私たちがもっている免疫力、自然治癒力が失われつつあることです。このプロジェクト「方丈の庵」の目的はココにあります。

(つづく)


にほんブログ村 ライフスタイルブログ 暮らしを楽しむへ
にほんブログ村

2016年10月6日木曜日

究極の暮らしプロジェクト(その5)台所・煮炊き

この究極の暮らしプロジェクトの「方丈の庵」を通して、暮らしを見直すきっかけになればと思います。

今回は「台所」です。
かつては水屋、流し場などと云われていた、食事をつくるところ。

私たちは日々食べます。食べないと60兆の細胞を維持できません。その食べ物を調理するところを台所といっています。
私たちは洗って食べる。煮炊きして食べる。その場は暮らしの中では必要でしょう。
「方丈の庵」では、洗う場と、煮炊きのための囲炉裏を設けました。


煮炊きの道具として、まず鍋が必要です。
鍋から直接食べれば、器は要らない。鍋焼きうどん。炊き込みごはん。
箸。しゃもじ。は必要でしょうか。
包丁も要ります。なければ手でちぎるしかない。まな板もあればいいですね。

「方丈の庵」で暮らす道具

器(茶碗)

しゃもじ
包丁
まな板

煮炊きのこと
囲炉裏は冬場はいいのですが、夏場はチョと辛いです。そこで七輪を使って煮炊きしたい。
燃料は炭。炭を焼くことも暮らしの一部にする必要がありますが・・・・・・。
ロケットストーブで考えて見てもいいと思います。小枝を燃料に出来るロケットストーブがいいかもです。
拾ってきた小枝を燃料にするのが一番シンプルな暮らしかも知れません。

火のある暮らし
縄文のころは火が暮らしの中心にあったようです。そして火はどんどん隅の方に追いやられ今では火を見ることすら出来ない。

「方丈の庵」で暮らす道具
火箸
火鋏
消壺(燃え残った炭を保管する壺)
七輪(関西ではカンテキ)

さて、
次は水です。
水の確保はもっとも厄介です。湧き水。雨水。川の水。
飲食に使う分は、20リットルのポリタンクに湧き水を入れて流しの横に設置する。
それ以外の水は、天水すなわち雨水を使うのはどうでしょうか?。
このような暮らしは、
蛇口をひねれば水が出る便利な暮らしに感謝することになります。

排水は溜めて再び自然に還す。
化学洗剤を使った排水はどうしましょう?。
自然分解出来るものを使うのがいいのでしょうか。
禅寺の食事のような作法も参考にしたいものです。

水で洗って取れないような食事は、如何なものでしょうか。

(つづく)

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 暮らしを楽しむへ
にほんブログ村

2016年10月5日水曜日

究極の暮らしプロジェクト(その4)便所・厠・トイレ

便所・厠・トイレ

私たちは食べることばかり考えているようですが、排泄がどれだけ健康に大切なことか意識する必要です。
モノの生産には意識するが、消費し、処分する部分には意識が無い。この意識がゴミ問題に繋がっていると思います。
排泄という行為もまた然りのようです。

排泄の行為は、何億も稼ぐひとも、その日暮らしのひとも、同じです。
経済的に多く稼ぐひとほど多大なエネルギーを使って暮らしています。それを豊かな暮らしといっているようです。それを競っている。

今日では洋式の腰掛式の便器を使うようになりました。ウォシュレットなるお尻を洗ってくれる便器も普及してきています。が、しゃがんでする方が健康的だという考え方もあるようです。

それと、排泄に必要なモノとしては、トイレットペーパーでしょうか。
野グソで自然に直接排泄が理想なのかも知れません。それでも、尻を拭く行為は必要でしょう。その最も拭くのに適しているのがフキなので、「フキ」というらしいです。

さて!!
排泄したものをどう処理するかですが・・・・・・・。
究極は「野グソ」でしょう。
その土地で育ったものを食べ、また再びその地に戻す。
排泄物はその土地に戻すのが理想ではないでしょうか。

いわゆる汲み取り式にして自然の浄化能力を活かす仕組みづくりが必要です。自然の浄化能力とのバランスが必要です。

この「方丈の庵」では、野グソは想定外としています。野グソが可能なところでは、トイレは必要でないので、その分、広く使えます。
鴨長明の方丈庵にはトイレがありません。長明さんは野グソ派だったのでしょうか。それとも、簡単な小屋をつくって用を足していたのでしょうか。

つい最近まで、街中でも汲み取り式。トイレは家の外にありました。

今日では、世界中から食材を集めてそれを食べています。その排泄物は、集中浄化処理の下水設備をもうけて何もかも下水道につないで処理しています。それを膨大なエネルギーを使って処理し海に返しています。

その他、バイオマストイレなどいろいろ考えられています。
排泄物は、水に流すだけではもったいない。

街中の暮らしも、自然の中での暮らしも、
暮らし方に合わせてトイレをどうするか考えたいものです。

この「方丈の庵」プロジェクトは、
食べて、排泄するまでを、この方丈のなかで完結できるようにしたいと思います。
暮らしのなかで排泄をおろそかにしないためにも・・・・・・・。

(つづく)

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 暮らしを楽しむへ
にほんブログ村

2016年9月14日水曜日

究極の暮らしプロジェクト(その3)方丈の庵

暮らしを再考する(その3)
方丈の庵のつづきです。

暮らしに必要な空間を限界まで縮小することによって、この国の暮らしを考えてみることにしました。暮らしていくにはどれだけの空間が必要なのか。先ず、ひとり暮らしから・・・・・。

この「方丈の庵」。ここに暮らすひとの暮らしがカタチになるように、出来るように、もっと簡素にしてみました。




火のある暮らし
煮炊きはこの囲炉裏で行う。古えの縄文の時代から火は暮らしの中心にあり、やはりこの「方丈の庵」も火のある暮らしを中心にしたいと思います。

食のある暮らし
食事から排泄まで。日々の営みの中で「食」は欠かせません。それと同じに排泄も無くてはなりません。60兆とも云われる細胞を維持するために・・・・・・・。
自然で育った生き物を食べ、そして、残ったものを自然に還す。
トイレをゆったり(方丈の広さにしては)と取りました。

水のある暮らし
水もまた暮らしに無くてはならないものです。

作業の出来る暮らし
モノづくりの出来る暮らし。洗い場は、カラダを洗う、衣類を洗う、場だけでなく、土間のつづきで作業も出来るものにしました。水の使える土間です。

やはり、暮らしにはモノづくりの場が必要でしょう。必要なものは自分でつくる。
この「方丈の庵」も、自分でつくる。そんな暮らしが出来る「方丈の庵くらし」は如何でしょう。


にほんブログ村 ライフスタイルブログ 暮らしを楽しむへ
にほんブログ村

古材を活かしてつくる庵


古材を活かしてつくる庵

■素庵(su-an)
http://www.geocities.jp/jksmura/suan.html

今から十数年前に、古材を活かした庵(3帖)をつくったことがあります。このプロジェクトは室内を区切る空間、家具のように、との思いでつくりました。このとき「素の庵」として「素庵(sy-an)」でした。


■楽庵(raku-an)
夢としてのロゴ
いつかはこんな庵を・・・・・・。との思いで・・・・・・・。
こちらは「楽庵」です。

■方丈の庵
今回の庵。「方丈の庵」。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 暮らしを楽しむへ
にほんブログ村

2016年9月12日月曜日

究極の暮らしプロジェクト(その2)方丈の庵

暮らしを再考する(その2)

暮らしに必要な空間を限界まで縮小することによって、この国の暮らしを考えてみることにしました。暮らしていくにはどれだけの空間が必要なのか。先ず、ひとり暮らしから・・・・・。

1丈四方の庵で綴られた鴨長明の方丈記
1丈は10尺だから約3m四方の庵ということになる。
どこでも好きなところに解体して組立て移動出来る庵、身近にある素材でつくる庵を詳しく記している。モノの中で暮らすより、精神的な暮らしに重きにおいた暮らしを具現する庵。



この図は私家版「方丈の庵」です。
1丈(10尺)×1丈(10尺)  約10㎡
この庵は、かなりの覚悟がいる庵になると思います。モノに囲まれた暮らしから、モノが持たない暮らしの覚悟がいると思われます。

更に、寝る時は机の下に足を入れないと、足を延ばして寝ることが出来ません。布団を敷くと机の下に入れないとならない。昼間はかつて江戸時代の長屋のように枕屏風などで布団を隠す必要があるかもです。私は寝袋が良いような気がします。

洗い場は、カラダを洗うだけでなく、洗濯場でもあり、水場として使えると思います。シャワーは太陽の熱源を使う太陽温水器の湯がいい。

トイレは狭いです。飛行機のトイレのように。それを解消するために出窓を設けました。

台所は流しのみ。食器や食材を洗うための流しのみです。コンロは七輪です。炭火で煮炊きすることになります。

この庵には電化製品の置く広さがありません。電化製品のない時代の知恵や工夫を体感し、それを楽しむ暮らしが出来る庵です。

そう云うことなので、かなり、勇気のいる、覚悟のいる暮らしになると思います。が、この庵を手づくりでつくると、暮らしを楽しむには最高の庵になると思います。



2016/09/12
竹の濡れ縁。板の間に広がりを求めて、濡れ縁を付けました。
2016/09/14
この「方丈の庵」。ここに暮らすひとの暮らしがカタチになるように、出来るように、もっと簡素にしてみました。


火のある暮らし
煮炊きはこの囲炉裏で行う。古えの縄文の時代から火は暮らしの中心にあり、やはりこの「方丈の庵」も火のある暮らしを中心にしたいと思います。

食のある暮らし
食事から排泄まで。日々の営みの中で「食」は欠かせません。それと同じに排泄も無くてはなりません。60兆とも云われる細胞を維持するために・・・・・・・。
自然で育った生き物を食べ、そして、残ったものを自然に還す。
トイレをゆったり(方丈の広さにしては)と取りました。

水のある暮らし
水もまた暮らしに無くてはならないものです。

作業の出来る暮らし
モノづくりの出来る暮らし。洗い場は、カラダを洗う、衣類を洗う、場だけでなく、土間のつづきで作業も出来るものにしました。水の使える土間です。

やはり、暮らしにはモノづくりの場が必要でしょう。必要なものは自分でつくる。
この「方丈の庵」も、自分でつくる。そんな暮らしが出来る「方丈の庵くらし」は如何でしょう。


(つづく)

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 暮らしを楽しむへ
にほんブログ村

2016年9月4日日曜日

究極の暮らしプロジェクト(その1)素庵

暮らしを再考する(その1)

究極の暮らしの広さを考えて見ることにしました。
暮らしの広さはどこまで小さく出来るのか。究極の暮らしの広さです。



暮らしに必要なもの。
・料理をするところ。食材の保管するところ。
・食べるところ。
・排泄するところ。
・カラダを洗うところ。モノを洗うところ。
・寝るところ。
・モノ(主に衣類)を収納するところ。

広さは10㎡以内(建築基準法で申請手続きが不要な広さ)になるようにしました。
この広さは3坪(畳六帖)の広さで、これ以上小さくするためには何かを削ることになります。
この究極の広さでは、モノを最小限にしないと暮らせなくなります。

ひとは、起きて半畳、寝て一畳。という諺があります。
ココでは、板の間が二畳ほどありますので、二人で暮らせるはずですが、チョと息が詰まるかもしれませんね。

今回の究極のプロジェクトの家の名は、「素庵」SUAN。
「素」。元の、基本の、まんまの、庵(いおり)。素(す)の庵(いおり)。素庵(すあん)。

この「素庵」は、古材を活かしたものにしたいと思います。木材だけでなく、土壁も、瓦も、建具も活かしたいと思います。DIYで、手づくりでつくれる「素庵」にしたいと思います。

◆古民家Dr.ムラのにわか大工(DIYでつくる、家づくり、店づくり、街づくり)
http://www.facebook.com/NiwakaDaiku/


にほんブログ村 ライフスタイルブログ 古民家暮らしへ
にほんブログ村

2016年7月20日水曜日

家も新陳代謝するように・・・・・。古民家再生で思うこと




新陳代謝する家

私たちのカラダは新陳代謝しながら維持されています。
生命維持に不可欠な仕組みです。
細胞の新陳代謝の周期は部位によって異なるようです。
胃腸の細胞は約5日で、心臓は約22日で、肌の細胞は約28日で、筋肉、肝臓は約2ヶ月で、骨は約3ヶ月で、新しい細胞に入れ替わるようです。
よって、私たちのカラダは約3ヶ月で新しい細胞に入れ替わるのです。(Wikipediaの「新陳代謝」より)

このように細胞は再生を繰り返して、私たちのカラダは維持されています。

家も同じで新陳代謝して維持されるべきです。

モノは放置すれば風化します。風化は自然の営みの基本です。
風化する仕組みがあるから浄化するからこの地球は維持されています。
なので風化することが健全な営みなのです。
風化すれば取り換える必要があります。

家も新陳代謝する必要があります。

ただ単に傷んだから取り替えるだけでなく、暮らしに合わせて進化させる工夫も必要です。
自然の素材を活かして・・・・・・。取り替えたあとの処分のことも考えて・・・・・・。

この国には、この改修する技、工夫がありましたが最近ではこの改修の技がないがしろになっているのは嘆かわしい限りです。


◆古民家Dr.ムラのにわか大工
http://www.facebook.com/NiwakaDaiku



2016年6月3日金曜日

メモ・熊本大分地震から学ぶこと

熊本大分地震から学ぶこと
http://www.risktaisaku.com/articles/-/1814



報道写真は倒壊した建物ばかりなのだが、倒壊してない建物もある。
何故、倒壊したのかも大事だけど、何故、倒壊しなかったのかも大切なデータです。
にほんブログ村 地域生活(街) 九州ブログ 九州情報へ
にほんブログ村

2016年5月31日火曜日

育くむこと。愛でること。

教育とは、「育むことを教える」こと。「教えて育てる」では無く・・・・・・・。

今日の教育は、教えることが主で、育てることを忘れ去られています。
「育くむ」こと、そのものを忘れています。
私達はこの「育む」ことの大切さを伝え教え、体感する必要があると思います。
教えるのではなく、「なぜ」そうするのか、が大切なのではないでしょうか。
愛でるこころが大切なのではないでしょうか。

大自然の中で育んでいること、育むこと。
助け合うこと。愛でるこころ。
いのちのこと。生きること。生きていること。
暮らしのこと。暮らし方のこと。

勿論、
読み・書き・算盤
も必要です。

家で、家族で、暮らしのなかで、学び、育むことが出来なくなった今日の社会では、尚更、この、育むこと、愛でることの大切さを知る場が必要になって来ています。
今日の社会の歪は、育む、というところから見直し、それを繕うことから始める必要に迫られているような気がします。

知っていても、それを暮らしに活かして、知恵として、工夫してこそ、であると思います。
多くのことを知っているだけでは、生きていけません、それを活かして、暮らしのなかで、育くみ、愛でることが求められているようです。

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村


にほんブログ村 ライフスタイルブログ 暮らしを楽しむへ
にほんブログ村

2016年5月22日日曜日

この国のカタチを考える。人口集中化。

こんなに集まって暮らす必要があるのだろうか?
便利、快適を求め続けて・・・・。

この街を維持するためにどれだけのエネルギーが必要なのだろうか?。
この暮らしを維持するためにどれだけのエネルギーや食糧が必要なのだろうか。

この地球の営みの中で暮らす・・・・・。
地球の営みは人類の営みをはるかに超えたところで営まれていることを知るべきです。
地球の営みは人の営みを一瞬にして破壊することもある。

人類の危機管理から見れば人口の集中は人類の滅亡を加速化しているに過ぎない。
人口の集中化は、戦争、遺伝子操作、原子操作、温暖化、環境汚染、免疫力の低下等々と同じくらいに危ない。

東京駅
http://citrus-net.jp/article/1026

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 暮らしを楽しむへ
にほんブログ村

2016年5月19日木曜日

暮らしの中にカタチがある。

家は暮らしがカタチになる。
暮らし方がカタチになる。

地域による暮らし、季節による暮らし、気候風土に培われた暮らし、地形による暮らし
暮らしがカタチになる。

暮らしに必要なものをつくる。
自然に寄り沿うものづくり。

これ、ものづくりの基本。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 暮らしを楽しむへ
にほんブログ村

我々は経済で生きているわけではない。

社会の仕組みを考えて見ると。
日々、経済がどうのこうのといって、生きている。

経済、経済、経済・・・・・・・・。
まるで経済で我々は生きているかのように・・・・・・・・。

我々は経済では生きていない。


にほんブログ村 ライフスタイルブログ 暮らしを楽しむへ
にほんブログ村